日本語OPI研究会

日本語OPI研究会主催講演会

第1回 会話教育のための講演会 
-談話分析と会話教育-

 講演会概要

「談話分析によりどのようなことができるのか」という基礎的な知識を得、具体的な談話分析を知り、「OPIを使った談話分析の可能性とは?」「談話分析の成果は会話教育やOPIにどう生かせるのか」を考える。

 日時・場所

日時: 2003年9月13日(土) 午後1時~5時30分(受付開始:12時30分)  講演会後、懇親会あり(~6時30分)

場所: (株)アルク本社 イベントホール (杉並区永福永福2-54-12/永福町駅徒歩3分)

 内容

(1)講演: 「談話分析と日本語教育」宇佐美まゆみ先生(東京外国語大学)

 本講演では、談話分析・会話分析研究における異なるアプローチの特徴と問題点を、主に方法論の観点から比較・考察した上で、今後、談話分析から得られた知見を、OPIや会話教育にどのように生かしていけるのかについて、具体例をあげながら論じる。

(2)講演: 「談話分析とOPI-その接点」 渡辺素和子先生(ポートランド州立大学/OPIトレーナー)参考文献

 談話分析の方法論と理論のOPIへの適用性、また逆にOPIから談話分析への適用性について考察する。談話分析に関する先行研究、特にOPIに関連したものに触れながら、OPIの位置付け、問題点などを提示する。特に、口頭運用能力試験としての OPIの正当性、ナラティブにおける結束性と一貫性などに焦点をあてる。 また、聴衆を交えて具体例を実際に分析することも試みたい。

(3)全体討議: 「談話分析の可能性と会話教育への生かし方を探る」

報告1 「開催にあたって」 レポーター 行田 悦子

報告2 宇佐美まゆみ先生 「談話分析と日本語教育」 レポーター 加藤 陽子

報告3 渡辺素和子先生「談話分析とOPI-その接点」 レポーター 宮瀬 真理

報告4 全体会議に関する報告 レポーター 深谷 久美子

報告1 「開催にあたって」 レポーター 行田 悦子

9月13日本研究会主催の第1回会話教育のための講演会が行われました。

 今回は、「談話分析と会話教育」というテーマで、OPI会員だけではなく、一般の日本語教育に携わっている方々と一緒に談話分析の会話教育への生かし方について考えてみました。講演会は、2部構成で、前半は東京外国語大学の宇佐美まゆみ先生、ポートランド州立大学の渡辺素和子先生の講演を聞き、後半は、グループに分かれて話し合い、各グループから出た質問を講師の先生と齊藤トレーナーが回答していくという全体討議形式で行いました。詳しい内容については、関連記事をご覧下さい。

 講演会では、談話分析に関する講演はもちろんのこと、研究会以外の方と会話教育について意見交換できたのも有意義なことでした。初めての開催ということで、参加者が集まるか不安でしたが、結局会員38名、一般79名と思ったより一般参加者が多く、会話教育、そしてOPIへの関心の高さがうかがえます。ただ、時間の制限もあり、談話分析を会話教育に具体的にどう生かして行ったらよいのか、また、会話教育をどのように行っていけばよいのかという実践的な方法については十分に討論し切れませんでした。

 OPIは会話の運用能力を測る試験ですが、その基準を現場の授業にもっと活用できればと考えているテスターの方も多いと思います。しかし、研究会でも、実践教育への応用に関する体系的な研究活動はあまり進んでいません。この講演会では、そのヒントがいくつかあったように思います。これがきっかけとなって、今後会話教育での活用について新しい研究活動が始まり、次回の講演会へとつながればと思います。

 最後に、講演会実施までいろいろ準備して下さった実行委員の皆さん、そして当日いろいろな係としてお手伝い下さった皆さん、ありがとうございました。本当にお疲れさまでした。

 

報告2 宇佐美まゆみ先生 「談話分析と日本語教育」 レポーター 加藤 陽子

 近年の教育現場においては、情報伝達のための言語コミュニケーションの教育のみを目的とした指導ではなく、円滑なコミュニケーションを遂行するための指導もしていくべきだという声がある。日本語で、円滑なコミュニケーションのために必要な言葉遣いというと、まず、「敬語の使い方」を思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、留学生が現実に直面する問題は、目上の人にどんな言葉遣いをするかという問題から、友達と話すのにいわゆる「タメ口」が上手に使えないという問題まで多岐に渡る。敬語には、「いらっしゃる」「参る」など、特別な語彙を覚えなければならない難しさがあるが、それ以上に難しい のは、いつ誰にどんな時にどの形式を使うかを判断しなければならないということのほうである。その難しさの原因は、敬語使用の原則というものが、「ウチ・ソト」、「上・下」という従来からの規範的な人間関係の認知の仕方を反映するものであるという点である。つまり、「人間関係の認知の仕方」が多様化している現代においては、何をもって「上・下」と捉えるかなどは、母語話者にとっても判断に困るからである。そういう意味で、規範的な敬語の言語形式を正しく使えることだけが円滑なコミュニケーションに結びつくわけではないという点にも注意しなければならない。例えば傘を貸す場面における「私はあなたに傘を一本貸して差し上げます」のような発話は、確かに敬語は使っているものの、自然な発話とは言えないだろう。また、原稿のチェックを教師に依頼する場面で次のような会話があったとしよう。

 学生:「○○に提出する原稿を書いてきたんですけど、コメントを頂けないでしょうか。」
教師:「いいですよ。それでいつが締め切りですか。」
学生:「明日です。」

 学生の発話は、言葉遣いとしては問題ないが、ディスコース・ポライトネスの観点からは問題である。これについては、急な依頼をするという行為自体が問題で、言葉遣いの問題ではないと考える人もいるかもしれない。しかし、どうしても急な依頼をする必要がある場合は、談話レベルでの述べ方の順番を変えることによって、当該の行為を和らげるような言葉遣いをすることが可能である。つまり、例えば「急なお願いで大変恐縮なんですが」のような前置きをつけて切り出す等の方法を使って、より円滑なコミュニケーションを目指すこともできるのである。

 以上のように、円滑なコミュニケーションのためには、言語形式の正確さだけでなく、談話レベルにおける言語行動の操作などが必要になる。円滑かつ自然なコミュニケーションが言語教育で求められているが、談話分析・談話研究は、上述の例も含めた様々な問題について気付かせてくれるよいきっかけになるものである。

 会話の分析にあたって、講演者は、「言語社会心理学的アプローチ」をとっている。これは、エスノメソドロジスト達の流れを汲むアプローチである「会話分析」(Conversation Analysis: CA)とは、主たる研究目的が異なるものであり、また、社会言語学者達のアプローチである「会話の分析」(Conversational Analysis)とも目的を異にするが、その方法論上の問題点を解消し、定量的処理を可能にするという方法論を用いるというアプローチである。エスノメソドロジストたちによる会話の分析の古典的な諸研究は、それ以前は、研究対象にならないと思われていた話し言葉を対象とし、会話にある規則性を見出したという点で評価できるものであった。しかし、その後発展した、主に社会言語学者たちによるアプローチには、データの出所が明確でない場合が多い、社会的コンテクストの統制が不十分であるため追試研究が困難である、などの方法論上の問題点があった。言語社会心理学的アプローチでは、これらの問題点を克服し、他の研究者が追試できるような方法を用いて会話の分析を行うことを、重要なことと考える。その方法論のエッセンスは、①条件を統制して(すなわち、条件を一定にした)データを収集する、 ②グローバルな観点(年齢・男女・発話者同士の関係などの参加者の属性等)と、ローカルな観点(それぞれの話者の会話内での相互作用)の双方から分析する、③同様の条件での追試検討を可能にするデータ収集・分析方法を取る、④数値化して、資料として統計処理も可能にするような形でフォローアップ・アンケートを行う。また、より細やかなインフォーマントの内省を聞くためには、フォローアップ・インタビューを実施する、などである。

 このような方法論に立ってなされた日本語の会話分析研究は、以下の二つの観点から、関連領域に大きな貢献ができると考える。一つは、主に印・欧言語に基づいて構築された理論・法則の普遍性や文化相対性を、日本語のデータに基づいて検証できるという点である。例えば、日本語の会話分析研究から、ポライトネス理論などの「普遍理論」として提唱されたものに、新しい視点を与えることができる。また、例えば、「ターンテイキング(turn-taking)」という用語は、既に広く使われているが、「発話順番」は、日本語の場合「取る」ものではなく、「待つ」ものであるという比喩のほうが近いのではないか、という捉え方もできる。このように、日本語の会話分析を通して、日本文化を考え、またそれらの結果に基づいて、従来の研究や理論に対して、欧米とは異なった視点から問題提起を行い、世界の研究に刺激を与えることができるのである。

 もう一つの点は、会話研究は、第二言語教育研究と双方向的に発展できる可能性を持っているということである。従来は、行動心理学がオーディオリンガルアプローチ等の言語教授法に影響を与えたように、理論から応用へという流れが主流であった。しかし、逆に言語教育などの応用分野が基礎研究に見直しを迫るという方向もある。基礎研究としての会話分析と第二言語教育は、相互に刺激を与えつつ発展する可能性があるのである。例えば、OPIのデータを使った会話研究は基礎研究であるが、OPIデータのやりとりを見ていく中から、会話に関わる理論に示唆する点を見出す可能性は多々ある。また、OPIのような、母語話者と非母語話者のやりとりのデータの中から、母語話者だけでは思いもつかない視点が見出せる場合もある。こうしたデータは、会話能力を測定するという実践的な観点からも、そのデータから何かを見つけていくという基礎研究の観点からも、有効なものであると思われる。このような、理論と応用との双方向的な交流は、今後の発展がますます望まれるものである。

 会話研究によって、会話の相互作用にはある規則性があるということを見出し、意識化、自覚化し、言語教育の現場に取り入れていくことは、学習者に益することとなる。また、談話レベルで観察を行うことによって、人間の言語コミュニケーションにおいても、言語形式だけが何かの機能を果たすのではないということが見えてくる。会話研究のこのような点が、日本語教育への貢献につながるのである。

報告3 渡辺素和子先生「談話分析とOPI-その接点」 レポーター 宮瀬 真理

 宇佐美まゆみ先生の講演に引き続き、渡辺素和子先生の講演が「談話分析とOPI-その接点」との題で行なわれた。

 まずはじめに、談話分析とは、1.あるコンテクストの中で起こった会話や物語を 2.記録しやすい対象に変化させ(文字化し) 3.それを分析するもの であり、OPIとは 1.インタビューというコンテクストの中で起こった発話を 2.テープに記録し 3.それを評価するもの であるということから、まさにOPIは談話分析の対象となる資料を提供するものであると述べられた。

 そして、OPIを分析資料とした研究が紹介された。

 会話である程度の量を話していても、文がプチプチと細切れになってまとまりがなくなっている発話や、文法的には大きな間違いがなくても意味がわかりにくい発話があることから、この研究は結束性と首尾一貫性(コヒアランス)=「…話し手と聞き手、書き手と読み手の間で前提となる知識や話し手の意図、聞き手の類推を考慮に入れて理解していくのに必要な解釈上の一貫性を指す」(メイナード泉子 1997)をキーワードとして捉えている。

 中級上から超級の五つのレベル、各レベル3本の計15本のインタビュー中、レベルチェック・突き上げ部分における返答の部分を調査対象とし、文法でいうところの述部の終わりに来ることのできる言語要素であるプレディケイト(verbal, adjectival, nominal + copula の三種類がある)、終助詞、接続詞を調査単位として分析した。プレディケイトは

 [使えない]って言ってました  
 [明日行く]って話 

の[ ]内のようなEmbedded(中に組み込まれている)プレディケイトと 下線部のような Non-embedded(組み込まれていない)プレディケイトの二つに分けられる。

 主な分析結果として、

・レベルが上がるに従って、Embedded プレディケイトの中の、上に例にあげたような て/と で受ける形のものが増えている(Embeddedプレディケイトのその他の種類としては ~と思う、修飾節、疑問文節がある)
・Non-embeddedプレディケイトについては、終止形のみを用いた割合がレベルが上がるに従って減り、終止形で言い切らないで終助詞や けど/が を用いて発話を終る割合が増えている
・接続詞の数はレベルとはあまり関係がない
ことなどがあげられた。また、結束性の要素はあるものの、誤用されたため首尾一貫性に欠けるといった実例も検証した。(研究の話しことばと書きことばの部分の紹介は時間の都合で省略された)

 最後にまとめとして

(1)接続詞だけではOPIの中のテキスト判定に役立たない
(2)結束性だけでは不十分。全体のコヒアランスがなければならない。
(3)結束性とコヒアランスは成否判定ではなく程度判定をするべき。
(4)コヒアランスは聞き手の解釈能力と姿勢によって達成できてしまうので、テスターは主要レベル毎に標準を対象レベルに合わせる必要がある

と研究から示唆されることが述べられ、結束性とコヒアランスの研究がOPIに重要な意義を持つことが示された。

 また、この研究が会話教育へ示唆することとして

(1)聴解の教材に 体験談などの長い談話を取り入れ、母語話者がどのように談話をつなげているのか、談話の構成を示すような指導をする
(2)「て形」と「んです」の組み合わせの会話練習を取り入れる
(3)「~というX」の様々な使用方法を示し、練習する
(4)作文に基づいた発話の練習という方法を見直す
(5)書きことばが化石化していないか点検
(6)日本語では対人的に話すという行為はただ情報や思考を言語化するだけの行為にはとどまらず、言語化したものを相手に「提出・提示」するという行為をさらに言語化する必要がある

ことがあげられた。

 渡辺先生の講演では、談話研究がOPIと日本語教育にどう生かされるかが具体的にわかりやすく述べられていて、OPIテスターにとっても非テスターにとっても大変有意義なものであった。

報告4 全体会議に関する報告 レポーター 深谷 久美子

 プログラム最後では、「談話分析の可能性と会話教育への生かし方を探る」と題して、参加者によるグループ討議を受けて引き続き、全体討議が行われた。ここからは講演者お二人の先生方に、トレイナーの齊藤眞理子先生にもコメンテイターとして加わっていただき、熱心な論議が繰り広げられた。

 参加者には予め全体討議用の「質問・意見・提案メモ」用紙が配布されていて、そこにグループ討議で出た質問等を記入、順次三人のコメンテイターに届けられた。現場教師ならではの質問や、教室での疑問などが届き、三人の先生方の適切なるアドバイスが続いた。

 基本的な質問として、「会話教育の必要性があるのか」がまず上がった。日本に滞在していれば、教室外で否応無しに会話する機会があり、無理に教室活動として必要かどうかである。回答は「もちろん必要」、だがその際に「言語教育では押し付けることになりがちだが、教えるという捉え方ではなく、情報としていくつかのパターンをレベルに合わせて提示する」「特に外国で日本語教育する場合、クラスの中で効果的に会話教育をすることはできる」であった。

 次に教室活動についての具体的質問とアドバイスが続いた。会話教育への具体的な質問として「~んです」の教え方や「ためぐち」について、さらにためぐちの反対に位置する文化をからめた敬語の効果的な教え方などの質問があがった。

 「聴解というインプットを与え、それをインテイクに変えるというのが教師の役割」

 「書かれた会話の練習だけではそれだけにとどまってしまう恐れがある」

 「会話のやり取りだけでなく、体験談を物語的に語る、それをテープに取り学習者が自分で教師とともにフイードバックする」

 「教える、押し付ける、教え込むのではなく、学習者自身が考えたり、選んだり、学びたいということを効果的に学べるようにしむける」

 「全体的なカリキュラムの中で必要かどうかを考える」

 など会話能力を上げるために個別の教え方だけでなく、会話教育そのものに対する教師の姿勢や方法について汎用性のあるアドバイスが続いた。さらに、文化をからめた敬語を教えるということに関しては、OPIの超級との関連でアドバイスがあった。

 「会話において敬語自体が現れればいいのか。声の調子や談話の進め方など、敬語そのものが出ていなくても丁寧であればいいのか。しかし、やはりフォーマルな場面では敬語が出てくる必要がある」

 「日本人が例えばアル中の人にお酒を控えるようアドバイスするという状況例を、日本語の母語話者がどう対応するかを例えば1000例ぐらい調査し、モデルをつくり、それに沿っていないものをフェイルにするなど考えなければ、難しいところである」

 「文化の違いに関して“ターンテイキングは取るものか待つものか”という相反する見方があるが、ここに文化的違いがでる。日本語のターンも常に待っているだけではない。背後にある会話者たちの序列、順番の共通認識などと関係してくる」

 さらに、先生方も興がのり日本語教育全体の問題にも話題が広がり、日本語教師の役割という根本的な問題に言及されていった。

「気がつかないけれども、人を傷つけたり、また自分も傷ついたりすることが談話のスタイルに帰着するということがある、だから日本語特有の談話のスタイルが言語化されているので、それを、教師の役割として提示する、教えてもらいたい人には教えるということは自然な行為ではないか」

「教師が失礼になるかどうか知っていることについては、学習者に情報として提供するのはいいのではないか。ある場面でどのような言葉を使うか、母語話者に不審が残るような表現について注意を促す必要があるのではないか」

など、講演内容を補足、発展させる活発な討議があった。

参考文献一覧

メイナード・泉子・K(1997)『談話分析の可能性:理論・方法・日本語の表現性』くろしお出版

荻原稚佳子、齊藤眞理子、増田真佐子、米田由喜代、伊藤とく美(2001)「上級・超級日本語学習者における発話分析:発話内容領域との関わりから」『世界の日本語教育』第11号 pp.83-102 国際交流基金日本語国際センター

木田真理、小玉安恵(2001)「上級日本語学習者の口頭ナラティブ能力の分析:雑談の場での経験談の談話指導に向けて」『日本語国際センター紀要』第11号 pp.31-49 国際交流基金日本語国際センター

柴原智代(2002)「『ね』の習得:2000/2001長期研修OPIデータの分析」『日本語国際センター紀要』第12号 pp. 19-34 国際交流基金日本語国際センター

Johnson, Marysia. 2001. The Art of Non-Conversation: A Re-Examination of the Validity of the Oral Proficiency Interview. Yale University Press.

Jorden, Eleanor Harz & Mari Noda. (1987) Japanese: the spoken language. Yale University Press 

Martin, Samuel E. (1987) A reference grammar of Japanese. C. E. Tuttle.

Minami, Masahiko. (2002) Culture-Specific Language Styles: The Development of Oral Narrative and Literacy. Child Language and Child Development ; 1. Clevedon.