OPIを授業に生かす 第10回

<活用編 5> アメリカ・オレゴン州での活用例 (2000年1月号)

渡辺 素和子

 OPI の活用編として、OPIテストが実際に日本語教育機関でどのように利用されているのかを紹介しています。今月はその第5回目。アメリカ・オレゴン州における応用例を取り上げます。

 OPIは、一人のインタビューにかかる時間が15分から30分であることと、一つのサブレベルから次のサブレベルに移行するのに1学年以上かかる場合が多いことから、OPIのインタビューそのものを直接、クラスの中の指導に使うということはまれである。しかし、OPIの基礎となっているプロフィシェンシーガイドライン(評価基準)は、日本語を含めた外国語のプログラムにさまざまな影響を及ぼしている。

 また、アメリカの大学といっても実に多種多様で、限られた紙数ではすべてを説明しきれないが、本稿では、アメリカ中都市の州立大学で、そしてオレゴン州で、ACTFLのプロフィシェンシーガイドラインがどのような影響を与えているかについて紹介したい。

1) アーティキュレーションの指標として

 アメリカで今、問題となっていることの一つに「アーティキュレーション(つながり)」がある。これは、幼稚園から、小学校、中学校、高校、大学へという縦の面と、同レベル上で学校から学校へという横の面で、教科課程がスムーズにつながっているか、という問題である。アーティキュレーションをスムーズにするためには、自らのプログラムを客観的に把握しておくこと、つまりプログラム評価が必要である。

 プログラム評価とは、基本的には、ある教育プログラムの現状を客観的な測定方法で位置付け評価することだが、さらには、評価の結果に基づいて、カリキュラムの内容・達成目標・教授法を調整・改善していくことをも含める。この客観的な測定方法としてOPIを使用することがある。具体的には、各学年・レベルから無差別に選んだ数人(10~20%)の学生にインタビューをし、その結果を学年ごとの目標と照らし合わせ、目標を達成しているかどうか見てみる。目標レベルに達成していなくても、すぐには指導方法が非効果的だとは言えず、時には学習時間数に対して不可能に近い目標を設定している場合があり、そういう場合は、目標のほうを再検討することになる。

 このように、各学年でAをとる学生、または、Cをとる学生が、ACTFLのガイドラインでどのレベルに達しているか、という情報を得ていれば、プレイスメントテストにも応用できる(99年9月号参照)ので、縦のアーティキュレーション(例:中学から高校へ進学)や横のアーティキュレーション(例:○○大学からXX大学へ転校)がスムーズになる可能性が出てくる。また、ACTFLという共通の測定基準を使うことにより、学内の外国語必修条件などの多様なニーズに応じることもできる。例えば、国際学専攻に日本語レベル3を必修とする条件も、プログラム内でレベル3の最低合格レベルは、ACTFL OPIの初級ー上とわかっていれば、日本語がすでに話せる学生にレベル3の授業をとらせずともOPIの実施によって必修条件を満たすかどうか判定することができる。

 学生全員にOPIを実施しないまでも、「うちのプログラムのX年の学生なら大体○○レベルだろう」という手応えを認識している大学も少なくないだろう。

2) オレゴン州での動き

 アメリカでのもう一つの活発な動きは規準(スタンダード)に基づく教育制度(注)で、オレゴン州では早くも1991年には、K-12のレベル(幼稚園から高校3年まで)で、規準として指定された能力(数学、英語、科学、社会、外国語など)を修めた者に卒業証書に加えてサーティフィケート・オブ・イニシャルマスタリー(CIM)を与えることが決定された。外国語の中の日本語については、ACTFLの初級ー上レベルをマスターした者にCIMが与えられることになった(ちなみにヨーロッパ言語では、中級ー中)。それを追うようにして、94年には、オレゴン州の州立大学でも、入学規準として、同様レベルの能力を入学条件とすると決定した。

 この規準を実施するため、規準のレベルに達しているかを定める州のテストを、OPIを簡略化することで開発した。読み書き技能のテストは、既存のものを応用または改訂すればよいので、まずは、スピーキングのテストの開発に力を注いだ。この州の日本語のテストは、Oregon Japanese Oral Performance Assessment といい、インタビュアーのための質問に、さまざまなトピックに関する質問が書かれたカードが用意されており、学生はカードを何枚かひき、聞かれた質問に答えるといったものである。

●「暗記」から「クリエイティビティー」への壁

 このスピーキングのテストのワークショップが行われて、興味深い発見がいろいろあった。その一つは、初級から中級への壁ともいえる「暗記に頼った発話ではなく、クリエイティブに発話することを維持する」能力が、いかに難しいかということである。従来の、どれだけ外国語の知識がどれだけ身についたかを測定するテストでは、カリキュラムの中にいろいろなトピックや文法事項を詰め込むことができた。しかし、外国語を使って会話をするという運用能力は、知識だけでは身につかず、今までの何倍も時間がかかる。例えば、州のテストで、テスターに「○○は何日ですか?」と聞かれ、自分の教えている生徒が、「I know we studied it, but…」などと言って四苦八苦しているのを見ると、教師としては、「年月日をあれだけやったのに...」と歯がゆい思いをさせられる。結果として、改めて、ただ詰め込んだだけの概念上の知識(コンセプチュアル)と、何回も繰り返し練習して身についた全面的(フル)コントロールとの違いを認識させられたのである。オレゴン州では、カリキュラムは欲張らず、多少削っても、スパイラリング(らせん状)アプローチで何回も練習することによって、全面的コントロールを目指すことの大切さを認識した教師が増えた。

3) カリキュラム対策

 カリキュラムを考える場合、大学のプログラム内での一般的な分け方である基礎レベルと上級レベルとに分けて、教科内容と運用レベルの発達度を中心に目標を設定していくとよい。

●基礎レベル

 いわゆる大学の2年から3年までで、学習時間300~400時間に相当する。このレベルの教科内容は、自己を中心とした身近なものの世界で成り立っており、どの教科書でもカバーされるトピック(数、色、物、時間、家族、食べ物、レストラン、買い物など)が対象となる。また、運用レベルは、初級の上から中級の下あたり、つまり、やっと暗記から抜け出て、質問に応じて自分なりのメッセージを伝えることができる段階に至るのが穏当な目標レベルと言えよう。2、3年間勉強して、初級の上というのは低すぎるように思われるが、米国では、一歩クラスを出たら日本語に接する機会がほとんどない学習環境なので、日本に行かずに、2、3年でそこまで到達できれば、まずまずの出来と言えるだろう。

●上級レベル

 教科内容は、自分を中心とした世界から少し広がり、多少、社会性・一般性を帯びたものも会話の対象として導入したいところである。ここで注意したいのは、社会性・一般性を帯びたものといって、文学批評や社会問題についての議論を学習者に課すと、OPIの上級を飛び越して、超級のタスクを課す結果になってしまうということである。一般的に、アメリカの大学の3年から4年は、中級の機能が部分的コントロールから全面的コントロールへと固まり、また、上級の機能が芽生えはじめるという時期なので、3年では、中級の能力をきっちりと固め、上級の機能を部分的コントロールに持っていくことを目標とするのが妥当と思われる。上級の機能がまだ固まってもいないうちに、文学作品や新聞の記事を読ませて話し合いをさせるといった超級のタスクを強いるのが、いかに不合理なことかおわかりかと思う。

●文学や新聞記事を導入するには・・・

 文学作品や新聞記事は、漢字の熟語が多いので、対象が非漢字圏の学習者であるということを考えると、まず概念上の理解から部分的なコントロールへ、時間をかけてもっていくのが適当だろう。新出の熟語・単語の量を調節しながら身近な既習事項をリサイクルする。その一方で、上級を固めるために、大きな壁となっている「段落」を、既習のトピックについて練習するとよいであろう。

 以前に、叙述と説明の練習のためのコースを設けたことがあるが、その中で扱ったトピックは、アンケート調査結果についての新聞記事、恥ずかしかったこと、失敗談、簡単な料理の作り方、昨日何をしたか、などといったものである。これらのトピックで、まず、日本人による自然な叙述・説明・描写を録音したテープを各自、家で聞いた上で、クラスで内容を発表させる。次の時間には、各自の選んだものについて練習、最終時間には発表をする。

 段落の練習の一環として、何よりも忘れてならないことは、段落のモデルを十分に聞かせることである。アメリカで段落単位の日本語接する機会は非常に少ない。日本人留学生と友達になったとしても、彼等との会話はたいてい短い文、または、単語レベルの発話にとどまってしまう。指導する側はモデルを十分に与えるなり、始めは段落レベルの談話の聴解に焦点を当てるなど留意すべきである。

4) 教授法への影響

クラスで、インタビューのテクニックや理論を適応させるために、重要なものを3つ挙げる。

(1) 教師は聞く側にー教師が話すばかりではなく、学習者に話させよう。

 といっても、ただ、話しなさい、と言うのでは効果はない。教師は、まず授業の前に、タスクや場面(コンテクスト)を上手に構成・企画し、授業内では、それらを効果的かつ効率よく設定し、学習者に発話させるように導いていかなければならない。また、普段から、生徒が言い終わらないうちにわかってあげてしまったり、生徒が英語で言っているのに対して、日本語で答えたり、文末を引き取ってこちらが言い終えてあげたりしていないか、自問自答するべきだろう。

(2) メッセージに耳を傾ける(真のコミュニケーション重視)ー細かい文法ミスではなく、メッセージをよく聞こう。

 OPIで判定を決める時、「動詞の変化ができていなかった」などという細かい点ではなく、どんなことを話していたかをおさらいしていく。同様に授業でも、学生のメッセージに注意したいものである。また、インタビューのテクニックとして、相手の言っている内容に誠意をもって興味を示さなければ、相手も話しにのってこない。相手が話しやすいように、いかに話の内容に関心を示すかというこのテクニックも、授業に向かう姿勢にぜひとも応用したいところである。

 ところで、インタビュー中に、自分の発話が正しいかどうかを知るために、インタビュアーの頷きや目の表情を待ってしまう学生がいる。教師は、知らず知らずのうちに、「そうそう、それで正しいから、そのまま続けて」というシグナルを送る、いわゆる、「教師モード」でコミュニケーションをしてしまいがち。これを普通の日本人にしたら、相手は、自分がばかにされているのではないかと勘違いしてしまうだろう。「助け船を出さない」ことも、学習者が独り立ちするためには必要なことであろう。

(3) 最終評価型フィードバックから還元型フィードバックへー「コーチ」としての教師の役割

 今までの評価は、授業内での出来が学期末の成績に影響し、A~Fの最終審判が下されるという「最終評価型フィードバック」が一般的な印象だったと思う。しかし、OPI理論を適用すると、目標レベルに達するためには、各学生に対してパフォーマンスのどの部分に力を入れればよいのかを指導する「還元型フィードバック」として捉えることができる。例えば、判定基準である機能、内容/場面、正確さ、談話の型の4つの点で、学生の現在の長所と短所を教え、それに基づいた目標設定をし、最終的にどこまで目標を達成したかによって成績をつけることが可能である。また、3段階のコントロールレベル(コンセプチュアル、パーシャル、フル)を評価測定に組み込み、例えば、家族のトピックについてはフルコントロールに達しているが、仕事のトピックについては、まだパーシャルコントロールだ、といったフィードバックを与えることも可能である。そうすることによって、教師の役も、最終判断を下す怖い存在ではなく、目標達成のために力になってくれる「コーチ」のような存在になる。

5) プロチーブメントテストとしての応用

 最後に、OPIがコースに活用される具体例として、プロチーブメントテストの導入が考えられる。プロチーブメントという語は、プロフィシェンシーとアチーブメントが組みあわさったものである。プロフィシェンシーテストは、もともと「知っているかどうか」という暗記のテストではなく、「できるかどうか」を調べる、しかもどこで何を習ったかは問わないテストである。反対に、アチーブメントテストは、一応範囲を決めて、その範囲のものについてどれだけ習得したか、主に知識を問うテストである。この一応範囲があるというアチーブメントテストの特徴と「できるかどうか」を測定するというプロフィシェンシーテストの特徴を組み合わせたのがプロチーブメントテストである。

 学校のプログラム内の各コースでは、やはり、範囲が決まってくるので、各学期や学年末に行うテストも、それまで習った教材について実施する必要があるが、OPIの理論と方法に倣って、従来の読み書き中心のテストから実際に話させるテストを頻繁に導入することができる。それによって、学生にも、外国語の習得には、一夜漬けはきかない、普段からの練習が効果を出すのだ、と認識してもらうことができる。

 以上、オレゴン州内での教育規準に基づく教育制度への動きを含め、アメリカの大学レベルでのACTFL- OPI とガイドラインがどのように活用されているかを概略的に紹介した。ACTFL-OPI とガイドラインは、翌日の授業のレッスンプランにすぐ使えるといったアクティビティーを供給するものではないが、巨視的に自らのプログラムを把握する上で非常に示唆に富むものである。

〔わたなべ すわこ〕―ポートランド州立大学

 

(注)99年4月号「国際交流基金リポート」参照