OPIを授業に生かす 第8回

<活用編 3> ビジネスパーソンへの応用例-プライベートレッスンで

池崎 美代子

今月は、ビジネスパーソンを対象としたプライベートレッスンへの応用例を紹介します。学習者一人ひとりのニーズに合わせてコースをデザインするプライベートレッスンでは、OPIの活用方法にも、大学や日本語学校とは異なった特徴があります。

 

 ビジネスパーソン対象の日本語教育では、OPIを授業そのものに生かすという面よりも、授業に入る前のアプローチ段階、あるいは授業とは全く関係なく、そのビジネスパーソンの日本語能力を知りたいという所属企業からの依頼に応じて、OPIテストを活用することが多い。活用目的から大別すると、以下のようなことになる。

〔1〕人事考課:企業内において、外国人社員の日本語能力、特に口頭能力レベルの把握は、人事考課上必要との認識から行われる。

〔2〕アチーブメントテスト:筆者が経営するビジネス日本語協会(以下、BNA)では、全受講生の受講開始時と終了間際のレッスンを録音・保存している。これは、受講生の研修結果が満足のいくものであったかの比較研究のためのものであり、必要に応じて終了時にOPIを活用する。

〔3〕アセスメントテスト:BNAでは、受講生一人ひとりの研修開始時点の能力を、限られた予算内でどこまで引き上げられるかを、事前に企業に提示している。すなわち、到達目標までのプロセスを、受講生・講師(BNA)・企業の関係者全員が共有し、達成感が味わえるシステムとなっており、そのためにも、アセスメント時の口頭能力テストとして、OPIは欠かせないツールである。

 よって今回は、学習者に最も適したコースをデザインするためのアセスメントテストとして、OPIテストを活用する例を取り上げる。

 

1)ビジネス日本語受講者の特徴

 ビジネスパーソンの場合、学習者の背景は多様であり、しかも仕事の合間をぬっての日本語学習であるため、時間的制約のある中でいかに効果的に学習を行うかが、最大のポイントとなる。

 通常、企業から受託する場合、平均学習時間は1ターム40~60時間であるが、過去にさまざまな形での日本語学習歴・日本滞在歴を持つ人も多いことから、能力的に、評価項目・レベル両面で、偏った様相を呈している場合が多い。つまり、四技能のバランスが極端にいびつな学習者が少なくないということである。

 BNAの場合、授業の90%がプライベートレッスンであるが、1回平均75分のレッスンを通して、学習者個別のニーズにこたえながら、短期・長期の到達目標に着実に近づくようにコースが組み立てられる。具体的には、OPIで学習者の強い点や弱い点などの特徴を分析し、一人ひとりの学習者に合ったテーラーメードのコースをデザインし、提示するのである。

 OPIの各レベルは5つのコースレベルに対応しており、それぞれのレベルで必要なビジネス日本語が学習できるようになっている(表)。

 実際にビジネスパーソン対象にインタビューを行う場合は、まずテスティー(受講者)の専門分野に引きずり込まれないように注意することが大事である。

 BNAの受講生は、ビジネスの職分・職位・職域も広範囲にわたり、それぞれのビジネス分野においてのエキスパートである場合が多い。仮にテスターよりテスティーの専門知識が優って、いわゆる「おはこ」の話題にはまってしまうようなことになると、「突き上げ」が十分に行えないため、上限・下限の見極めが甘くなり、確定できずに終わってしまう。このように判定不可能なサンプルにならないようにするために、次のような、ビジネスパーソン向けのチェックポイントを基にインタビューを行う。

(1)職務上のタスクが詳述できるか。
(2)自分の専門分野のプレゼンテーションが可能か。プレゼンテーション能力の有無/程度。
(3)職場で日常想定できる、一般的・社会的な話題にジャンプインできるか。
(4)段落・談話の型で、物事の経緯を叙述できるか。
(5)社会的言語能力があるか。フォーマル(敬体)・インフォーマル(常体)の使い分け、敬語の使用の有無/程度。
(6)語用論的能力、流暢さ、文法・語彙・発音などの正確さ。

 

2)アセスメントテストとしてのインタビュー

 ビジネスパーソンの場合、自分の専門分野の日本語にはめっぼう強いが、その他の話題では基本的な語彙すら知らず、会話についていけないことがままある。またこの逆に、専門領域での日本語習得を当面の目標として、集中的に学習するということもある。インタビューは、そのようなことも考慮しながら進めていくことになる。

※Rはテスター、Eは受験者を表す。
※( )内は、聞き手のあいづちを表す。
※受験者の発話をそのまま文字表記してある。

R:お名前をお教えください。
E:まず、名前はトニー・ジョンソンです。
R:トニー・ジョンソンさんですね。今、どんなお仕事をしていらっしゃいますか。
E:今、〇〇(社名)の……、ワークステイションマーケティング、の仕事をしています。
R:ああ、そうですか……。
E:ワークステイションマーケティングということは、ワークステイション産業は〇〇として正しい産業ですので、あの、最近、2、3年前に始まりましたので、日本にはまだ小さい、小さい市場です。(ああ、そう。)だから、増えるために私は本社から来ました。
R:毎日どんなお仕事をしていらっしゃるんですか。
E:まえの仕事?
R:いいえ、具体的に、「まいにち」、どんなお仕事なんですか。
E:あー、まいにち、毎日はちょっと違いますけど、もう、ときどきいろんなお客さんとのミーティングがあります、し、ときどきいろんな戦略をつくるし、そしていろんな会社の中の同僚といろんな、ミーティングがあります。
R:そうですか。ミーティングのお話の内容を、ちょっとお聞かせいただければ……。
E:あー、内容は、だいたい、あの、トレイニングすることです。あの、来年の戦略とかー、あのー、これから、今度のお客さんのうちには何をしましょうか、こういうことです。
R:お客様っていうのは、日本の大手の企業なんですね。
E:え、すみません、日本の……?
R:大手の企業。
E:「大手の企業」はなんでしょう。すみません、わかりません。
R:あ、そう。大きい企業です。大会社。
E:ああー、きぎょう?

 この学習者は、(1)の職務上のタスクを述べる以前に、基礎的などジネス関連語彙が不足していること、(4)の談話・叙述、(6)の文法・語彙の正確さが不十分で、かつ問題があることが読みとれる。

 

3)仕事の内容を日本語で説明でさるか

 ビジネスパーソンには、日本人を相手に、日本語でビジネスの話ができる力が求められる。そこで、専門的な内容をいかに日本語で説明し、わからせることができるかをチェックする。(2)のプレゼンテーション能力の有無の確認である。

E:今、こういう半導体、プロセッサーのセールス、売る仕事をやっていますので、私はもう少し、あの、もっとこのー、ワークステイションの市場の増えるために、もう少し違うことをします。例えば、あの、お客さんが売るとき、いろんなプロモーションアクティビティーが、ありますので、こういうこともたくさん、手伝えます。
R:その「プロモーションアクティビティー」とはなんですか。
E:もう少し……。
R:日本語でなんと言いますか。
E:えーと、営業……、キャンペーン……ですか?
R:ああ、そうですか。
E:あの、いろんなワークステイションマーケティングこととして、ときどきいろんな……ソフトウェアベンダーさん……も、あの、お互いの、ソゴホジ(*この前の会話でRが「相互補助」という言葉を使った)?、マーケティングもするつもりです。

 日常会話や、職場での一般的な話題でコミュニケーションがとれる人でも、現実の仕事上の質問に対する言語的挫折は、割合、はっきり現れる。言いたい、表現したいのに言えないというもどかしさや悔しさを、即、彼らのコース目標の設定に反映させることができるのが、OPIを利用してコースデザインをする強みであるといえる。

 

4)ロールプレイはビジネス場面に合うものを

 学習目的が明らかなどジネスバーソンの場合、ロールプレイは、できるだけ学習者のビジネスシーンで起こりそうな場面を想定して行う必要がある。

 ビジネスの場では特に、待遇表現の使いこなし、敬体と常体のスイッチが無理なく行えるかどうかは、避けて通れない重要ポイントになる。心理的遠近、ウチとソトの関係などを自在に表現できるかどうかも、呼称や敬語の使用状況で判断されることになる(ただし一方で、確信的非協力テスティーもいることから、そのような場合はサンプルとして成立しなくなってしまうこともある)。

 ここでは、「職場で参加者を募って飲み会をする」例を紹介する。

R:ジョンソンさん、いつ頃がいいかなあ。
E:はい、えー、じゃあ、今夜、飲みに行きましょうか。
R:今夜? でも、今夜で人が集まるかなあ。
E:えー、そうー、じゃあ、そう、とりあえず、いろんな人頼んで、だから、みんなと一緒に行きましょうか。
R:でも、ジョンソンさんの奥さんは? 行く?
E:えー、妻は行きませんけど、大丈夫です。
R:そう? 鈴木君は来るかな。
E:そう、鈴木さんに聞いてみます。
R:聞いてみてよ。うん、鈴木君と高橋さんと……。みんなでビールでも飲めるといいよね。
E:そう、そう、みんなはビールが好きでしょう。焼き鳥屋さんも好きでしょう?
R:焼き鳥屋さんがいい? じゃ、やっぱり焼き鳥とビールかなあ。
E:そう、それがいいでしょう。場所もたくさんありますから。
(中略)
R:はい、わかりました。ロールプレイはここまでです。ありがとうございました。普段、お友達と、非常にくだけた言葉を使いますか。「くだけた」わかりますか。
E:わかりません。
R:「お友達の言葉」(はい)を使うことってありますか。
E:はい、あります。もっとカジュアルな……。
R:そうそう、カジュアルな言葉は慣れてますか。
E:はい、そうなりました。
R:そう、(大丈夫)大丈夫? 奥さんとは日本語で話しますか。(はい、そう。※奥さんは日本人)例えば、奥さんに朝御飯はこれが食べたい、なんて言うとき、どう言うんですか。
E:えーとー、じやあ、パンを食べる?  焼きまーす。それからジュースは? それから少し話したりー。終わりましたー。ありがとう。じゃあ、洗いましょう。
R:ああ、そう。カジュアルといっても、わりあい丁寧な言葉も使うんですね。(ええ)そうですか。カジュアルだけじゃないんですね。
E:そうです。カジュアルだけじゃないですけど。
R:でも、ジョンソンさん御自身がきちんとした人なので、あまりカジュアルな表現は合わないのかもしれませんね。
E:できます、けど、そんなに、じゃないです。

 

5)まとめ

 ビジネスパーソンが日本語のレッスンを始める場合、学習者本人の意思によることは無論であるが、同時に、その所属企業の方針として開始されることがほとんどである。そのため、費用は当然、会社が負担するが、どの学習者も日本語習熟に貪欲で、目標をしっかり持っており、レッスンの質に対する要求は高い。ビジネスパーソンであるが故に、「費用対効果」に対するチェックは厳しいものがあり、費用に見合った結果を得なければ、という気持ちが強い。

 しかしまた、レッスン終了時に満足できる結果が得られていれば、会社が負担するレッスンが終了したあとも、個人的に、自己負担で学習を続けるビジネスパーソンは多い。

 学習者の能力を正確に測るための方法として、また、レッスンの依頼者である学習者や企業に対する「説得材料」としても、OPIテストは有効に活用できるといえる。

 

〔いけざき みよこ〕-学習院女子大学講師
(株)エムアンドエム・コーポレーション代表取締役社長
ビジネス日本語協会〔BNA〕会長