OPIを授業に生かす 第15回

<調査編 2> 教室以外での生かし方: 研究、データ分析などにどう使うか (2000年6月号)

山内 博之

 先月号から、OPIの調査編を紹介しています。第2回目の今回は、OPIで集めたデータにはどのような特性があるのか、また、その特性を生かして、教室以外でどのような研究への活用が可能なのかについて紹介します。

 OPIは、会話能力を測定するためのテストである。しかし、OPIは、テストとして価値があるだけではなく、教育にも、そして、研究にも、十分に利用できるものである。前号までは、主に「教育」に焦点を当てて解説を行ってきたが、本号では、OPIの「研究」への応用について述べることにする。

1.言語データとしてのOPI

 言語に関する研究を行う場合、まず絶対に必要となるものがデータであるが、OPIのインタビューテープは、非常に質の高いデータになり得るものである。

 言語データとして見た場合に、OPIのインタビューテープには、以下のような長所が備わっている。

 (1) 標準化された形式である。
 (2) 被験者の最高のパフォーマンスが引き出されている。
 (3) 会話能力のレベルが明示されている。

 まず、(1)の「標準化された形式である」ということについてであるが、これは、OPIの構成と密接に関わることである。

 OPIの手順は、本特集でもすでに述べているが、以下のようになっている。

 学会誌や紀要などの論文を読むと、被験者との間で行われたごく普通の会話を録音し、それを分析の対象としているものがある。もちろん、データの採り方は研究の内容に依存するものであり、何が良くて何が悪いと一概に言うことはできない。しかし、OPIのインタビューには、必ず、上に挙げたような4つの手順・段階が存在しており、“ただ何となく話をした”というものではない。つまり、OPIのインタビューテープはその性格上、必然的に、言語データとしてのコントロールが十分になされているということである。

 また、このような手順が踏まれているということは、(2)の「被験者の最高のパフォーマンスが引き出されている」ということにもつながる。言語データを採集する際のインタビューが非常に簡単なものであった場合、例えば、簡単な自己紹介をさせるというようなものであった場合は、中級レベルの被験者と上級レベルの被験者との差が、インタビューの中ではっきり表れてこない可能性がある。しかし、OPIの場合には、「突き上げ」を行うことによって、(超級の被験者以外は)必ず「言語的挫折(linguistic breakdown)」が確認されているはずである。

 OPIにおいては、被験者は、必ず、「もうこれ以上はできない」というレベルまで、能力を出させられているのである。もちろん、研究の目的や内容によって異なるが、このことは、言語データとしては非常に大切なことであろう。

 さらに、(3)の「会話能力のレベルが明示されている」ということも、特に、第二言語習得研究を行う場合には重要なことであり、また、便利なことでもある。第二言語習得研究においては、初級の学習者と中級の学習者、あるいは、中級の学習者と上級の学習者の日本語を比較し、両者がどう違うのかを見ることにより、ある文法項目の習得過程・習得順序などを導き出すことが多い。しかし、何をもってその学習者を中級と判断するのか、どのような基準で上級と判断するのか、というようなことが、あまりはっきりしていない発表・論文が、時々見られるようである。

 その点、OPIのインタビューテープには、「上級-下」「中級-中」などといった判定結果が必ず付けられている。だから、例えば、可能表現の習得状況の違いを中級と上級で比べてみる、などということが容易にできるのである。

2.OPIを利用したコーパス

 OPIは、「導入部⇒レベルチェック⇔突き上げ⇒終結部」という構成を、必ず持つものである。したがって、だれが行っても、必然的に「導入部⇒レベルチェック⇔突き上げ⇒終結部」という構成を持つわけであり、そのため、何人かの研究者が、個別に採集したデータを持ち寄ってそれを共有し、それぞれの研究に用いる、ということが可能になる。つまり、コーパス(多くの人が接することができる、ある程度まとまった量の言語資料)を作成するということが、容易にできるのである。

 OPIを用いたコーパスの一つに、「KYコーパス」というものがある。KYコーパスは、平成8~10年度文部省科学研究費補助金による研究「第2言語としての日本語の習得に関する総合研究」(研究代表者、カッケンブッシュ寛子)の成果の一部であり、「KY」は、このコーパスの作成者である、京都外国語大学の鎌田修氏と、実践女子大学の山内博之(筆者)のそれぞれの頭文字をとったものである。

 KYコーパスとは、90人分のOPIテープを文字化した言語資料である。90人の被験者を母語別に見ると、中国語、英語、韓国語がそれぞれ30人ずつであり、さらに、その30人のOPIの判定結果別の内訳は、それぞれ、初級5人、中級10人、上級10人、超級5人ずつとなっている。

 なお、KYコーパスは、だれでも利用することが可能なので、興味のある方は、Eメールで、筆者まで連絡されたい。

メールアドレス hyamauch@univ.jissen.ac.jp
注:現在 タグ付きKYコーパスが、http://jhlee.sakura.ne.jp/kyc/corpus/ にて公開されている。

3.どんな研究が可能か

 OPIデータを利用してできる研究は、だいたい、以下の2つに大別できる。

 (1) ことばそのものに関する研究
 (2) ことばの習得に関する研究

 (1)の「ことばそのものに関する研究」の代表的なものが、誤用例研究である。

被験者:えーと 申し訳ないんですけどー、あの ラジオの音がちょっとうるさいんですから ちょ もうちょっと 小さくしてくれませんか

 これは、OPIのロールプレイの部分での発話である。このロールプレイは、「隣人がうるさいので、苦情を言う」というものであった。この発話の中の「ラジオの音がちょっとうるさいんですから」というところが、やや不自然に感じられる。「ので」ではなく「から」を使ったために、ぞんざいな印象を相手に与えてしまっているというような問題もあろう。しかし、ここで注目したいのは、「のだ(んです)」を使うべきでないところに「のだ(んです)」を使ってしまっているということである。「んです」の「ん」を省き、「ラジオの音がうるさいですから、もうちょっと小さくしてくれませんか」としたなら、かなり自然な発話であると感じられるようになるであろう。

 OPIデータを利用してできる研究の第一は、このような、学習者の日本語の不自然さについての研究である。例えば、この誤用例からは、「のだから」あるいは「のだ」の意味・用法を探る、といった研究を行うことができるだろう。

 次に、(2)の「ことばの習得に関する研究」であるが、これは、主に、第二言語習得研究と呼ばれているものである。先ほど紹介した、平成8~10年度文部省科学研究費補助金による研究「第2言語としての日本語の取得に関する総合研究」の成果は、『第2言語としての日本語の習得に関する総合研究』という報告書にまとめられているが、この中には、OPIデータ(KYコーパス)を利用した9つの研究論文が収録されている。そのタイトルと著者名は、以下のとおりである。

(1) 戸田貴子・カッケンブッシュ寛子「中間言語における外来語アクセントの形成と日本人話者による評価」
(2) 河野俊之「動詞のアクセントの習得」
(3) 佐藤豊「日本語の中間言語における空項とレベルの関係」
(4) 迫田久美子「第二言語学習者による『の』の付加に関する誤用」
(5) 田中真理「OPIにおける日本語のヴォイスの習得状況:英語・韓国語・中国語話者の場合」
(6) 田中真理「OPIに現れた受身表現について:日本語教育とコミュニケーションの視点から」
(7) 小林ミナ「KYコーパスにあらわれた疑問詞疑問文-インタビューパートにおける学習者からの質問に注目して-」
(8) 山内博之「初級及び中級レベルにおける『文』の習得について」
(9) 渋谷勝巳「フォーマルスタイルとインフォーマルスタイルのあいだ-中間言語のスタイルの一側面-」

 このうち、(1)と(2)は音声に関する研究、(3)~(8)は文法に関する研究、そして(9)は、談話あるいは社会言語学にかかわる研究である。このように、第二言語習得研究には、いろいろな切り口が存在するのである。

 これらの研究は、いずれも、OPIをデータとして用いた研究としては先駆的なものであり、それぞれ注目に値するものである。しかし残念ながら、紙幅の都合もあり、これらのすべてを詳しく紹介することはできないので、河野氏と田中氏の論文のみ、簡単に紹介したい。

 まず、河野俊之氏の「動詞のアクセントの習得」では、同じ「歩く(アル ク:-2型)」という動詞の活用形でも、「歩きます(アルキマ ス)」のようにアクセントが変わらないものは習得が非常に早く、それに比べて、「歩かない(アルカ ナイ)」のようにアクセントが変わるものは、習得がかなり遅れる、という結論が導き出されている。

 そして、田中真理氏の「OPIにおける日本語のヴォイスの習得状況:英語・韓国語・中国語話者の場合」では、英語・韓国語・中国語の各母語話者ともに、「可能 ⇒ 受益 ⇒ 直接受身 ⇒ 間接受身」という順序で、ヴォイスの習得がなされていくことなどが明らかにされた。

 また、報告書『第2言語としての日本語の習得に関する総合研究』以外でも、OPIをデータとして用いた第二言語研究は行われている。

 日本語教育学会の学会誌『日本語教育』の104号には、許夏珮氏の「自然発話における日本語学習者による「テイル」の習得研究-OPIデータの分析結果から-」が、掲載されており、この論文では、「弟は今香港に住んでいます」「何をしているの」などのような「運動の持続」を意味するテイルは早い段階で習得され、「その話なら聞いています」「向こうで大学を卒業しています」などのような「経歴・経験」を意味するテイルはやや遅れて習得される、といったことなどが、KYコーパスの分析から、明らかにされている。

 さらに、関西OPI研究会の昨年11月の研究会における研究発表「文とは何か」(代田智恵子氏)では、「中級-上」の被験者は、例えば、「東に、、、東に行くと」というような具合に、不自然に長いポーズの後で、動詞と必須補語を一緒にしたような形で言い直しを行うが、一方、「中級-下」の被験者の場合には、「東に、、、行くと」というように、不自然に長いポーズの後で、動詞だけをそのまま発話してしまう傾向がある、というような興味深い指摘がなされた。

4.おわりに

 ここで紹介したような、OPIをデータとして利用した、非常に興味深い論文・発表が増えつつあるのは事実であるが、しかし、その絶対数は、まだ微々たるものである。

 OPIの真価は、教育や研究に積極的に利用していくことにこそあるのではないかと、筆者は考えている。OPIの信頼性・妥当性・実用性をより高めていく工夫をすること、つまり、テストとしてのOPIを高めていく努力をすることはもちろん大切なことであるが、教育・研究という分野にも、OPIを、今後さらに採り入れていきたいものである。

〔やまうち ひろゆき〕-実践女子大学